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千葉の思い出
先日の月曜日(定休日)は、千葉へ行って来ました。私の叔父が入院している、
とのことで私の両親に同行させてもらいました。

叔父は元気だった頃に比べるとちょっと痩せてしまったけど、
叔母の献身的な看護と整った病院の体制で、安心して帰ってきた。
叔母が体調を崩さないよう願いたい。

その後千葉で従弟がやっている創作和食店で夕食。
私の親戚及び知人は千葉在住の方が多く、平日にも関わらず
集まって下さったことに感謝。

それから親戚とお別れして、やはり千葉の友人2人と待ち合わせ。
いつも千葉から所沢まで足を運んでくれている友人です。そして何年ぶりかに
千葉の兄貴Kさんと再会。彼は我々がお店を始める際に、
ブルースのCDを沢山焼いてプレゼントしてくれた恩人です。
ブルースセッションの時は、よくBGMかけてます。

と、ここまでは調子良く夜を過ごしていたんですが、さすがに睡眠不足。
朝5時過ぎに寝て、8時半に起きたので、体力が限界だったのでしょう。
みるみるうちに頭痛が、眠気が・・・。深夜1時をまわった時には、「やばい」という感じで、
駅前のホテルに急きょ電話してもらい、タクシーで駆け込みました。
夫は飲み足りなかったのか「ラーメン行ってからそっち行くから」と、
千葉組2人と夜の街へ消えたようでした。

ホテルのチェックインも危うい状態で済ませ、部屋へ辿り着きました。
部屋に入った途端、安心したのか・・・何年かぶりに嘔吐して
しまいました(ちゃんとトイレでね)。あー、あたしって。
そんな飲んだつもりないんだけどなぁ。30半ばも過ぎてこの有様。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった自分を鏡で見て、ちょっと悲しくなったりして。

夫も午前3時半過ぎにホテル到着。当時相当ご機嫌でしたが、
翌朝はぐったりでした。まぁ、想定内でしょう。

千葉にはいろんな思い出があります。親戚のおうちが何件もあるので、
小さい時によくお泊りで遊びに来ました。マザー牧場、こどもの国など
沢山連れて行ってもらいました。そして、これも何かの運命か、大学も千葉でした。
4年間片道2時間40分の通学をしました。気付けば電車に乗っていた日々。
往復5時間以上かかって、よく行ってたなぁ。どこのシートに座れば眠りやすいか、
乗車待ちの列で何人目だったら、ドアが開いた時座ることが出来るかなど、
4年間の間にいろいろ実証しました。この答えについては、店内で直接お聞き下さい。
そうそう二日酔いで大学の授業は受けられないんだけど、飲み会出席の為だけに
千葉まで来た、なんてこともありました。お母さん、ごめんなさい。

機会があったら、変わりつつある(らしい)大学の最寄駅である蘇我駅周辺も
お散歩してみたいです。
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by eririn-mojo | 2010-02-27 03:27
安吾君のこと
ご無沙汰です。この一週間は本当に辛かった。

先週の火曜日、ちょうど一週間経ちますね。
飼い猫のアンちゃん(ミルクティー色の方)が、死んでしまいました。
まさか、まさかの急な話でした。

尿道結石を患ったシンちゃんと共にあまり美味しくない病院食に切り替えた為、
急激に食が細くなり、体重も減っていました。おまけに唯一の楽しみである食事が
冴えないためか、テンションもダウン。いつも寝てばかりいました。
痩せたからか息をするのがあからさまに分かり、荒くも見えました。

食事のせいだと思っていました。でもそれにしてもだるそうだったので、おしっこの
出にくいシンちゃんもそろそろ先生に見せねばと思い、二匹を先週の月曜日、
病院へ連れて行きました。

シンちゃんは相変わらず尿道にまだ石が溜まっているようで、引き続き病院食と
薬の処方。お次はアンちゃん、と先生に見せた途端、

「白血病が出たな。いつからこんなに息が荒いんですか。」

予想しない先生のコメントに動揺した。肺に悪性の腫瘍が出来て
すでに肺にいっぱいの水が溜まっていたようだ。
水を抜く処置と抗がん剤の注射を打ってもらった。

帰宅後、今まで見たことのないグッタリしたちゃん。とにかく栄養のあるものをと言われ、
最近控えていた市販の美味しい缶詰めをあげたが、ひと口だけ舐めて、
ただただ寝るばかり。夜中、私も寝たり起きたりしながら様子を看ていたが、
トイレも行かず、少しおもらししながら寝続けるアンちゃんに対してどうすることも出来ず、
お尻を拭くことしか出来なかった。

翌朝7:20に病院へ連れて来るよう指示があったので、アンちゃんをゲージへ
入れようとしたら、もう足が立たなくなっていた。病院に着きアンちゃんの様子を
見た先生から、

「午前中でもうダメかもしれない」

という見解だった。家に連れて帰り、ストーブの前に寝かせ毛布でくるんだ。
息が本当に苦しそう。時折聞いたことのない辛そうな声をあげた。
最後の方は眼を見開き、体をつっぱらせ、10秒おき位に呼吸を何回かして、
その後動かなくなった。AM9:15、安吾、7歳の命だった。

今これを書けるようにまで、気持ちが落ち着いた、んだと思う。アンちゃんの死後は
火葬を行い、お骨で帰って来た。その前に座ってお線香をあげる毎日。
私の観察不足と判断ミスがアンちゃんの死期を早めたんだと、この1週間毎日毎日
自分を責め続けた。残されたシンちゃんの悲しそうな顔と泣き声を聞くたび、
どうにもならない事実をかみしめた。

d0039912_317369.jpgアンちゃんは、本当にかっこいい猫でした。
野良猫の子供だったのか、山奥でカラスにやられていたのを知り合いが拾ってきて、
それを譲り受けた子でした。
兄貴肌で、その割りにデリケート。それでいておどけた様子を見せたりして、我が家のムードメーカーだった。
ちょっと辛いことあったり疲れたりすると、アンちゃんの背中に顔をうずめて話しかけた。いつもポーカーフェイスで受け止めてくれた。私はかなりアンちゃんに依存していたんだと、今になってつくづく思う。

少々重い話を綴ってしまいましたが、手記として鮮明な記憶があるうちに文章にして
おきたかったので、この場を使用しました。
少しずつ2人&1匹の生活に慣れてきましたので、皆様ご安心を。
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by eririn-mojo | 2010-02-17 03:25